三国志2 武将データ 楊齢

三国志2 武将データ 楊齢

楊齢(ようれい)

ぶりょく【武力】52 ちりょく【知力】60 みりょく【魅力】54

 

楊 齢(よう れい)

『三国志演義』に登場する架空の武将。

 

後漢末期の長沙太守韓玄の部将で管軍校尉。

 

関羽が500騎で長沙に攻めてきた時、黄忠を向わせようとした韓玄に向かって、「老将軍が出陣するまでもない」と志願して迎撃に出る。

 

一千の兵を率いて関羽と対戦するが、一騎討ちで一刀のもとに唐竹割りにされてしまう。

 

wikiより

 

楊齢は三国志5には登場していませんね、『三国志演義』での架空武将なので省いたと思います。

 

記述も少ないです。

 

だが三国志2でのゲームキャラとしては能力は良い方です。

 

バランス型です。

 

全ての能力が平均50を超えていて、悪くない数値です。

 

三国志演義でも黄忠に向かって「老将は出陣するまでもない」と言ってますからね

 

しかも、その後で関羽に一騎打ちまで始めています。

 

武力52でだけはある。

 

それに、知力も60と悪くない上に魅力も54と高めです。

 

長沙太守である韓玄の部将とある。

 

韓玄の性格とイメージは「三国志演技」のもので正史ではこのようにある。

 

韓玄は208年に曹操が荊州を制圧したときの長沙太守であり

 

209年に劉備が荊州南部に侵攻した時も長沙太守で金旋・劉度・趙範らと共に降伏した。

 

これ以外の記述はないので、以降の韓玄の動向は生死を含めて不明である。

 

一方で、韓玄の指揮下にあった黄忠は、その後、劉備陣営の武将として活躍した。

 

wikiより

 

どうしてもドラマ三国志の横暴な態度が頭から離れない。

三国志5でも韓玄の性格がこう記されている。

『短気で、すぐに人を殺すため、人々に嫌われていた。』

董卓なん?ってほどの横暴っぷりです。

 

最後は魏延に切られるという落ちです。

 

三国志5での能力はこんな感じです。

武力【武】67 知力【知】31 魅力【魅】19 政治【政】20

www.opio8.com

 

だが実際は全く記述がなく、韓玄は208年に曹操が荊州を制圧したときの長沙太守であり、その後劉備が侵略し降伏している。

 

黄忠は韓玄の指揮下であったことは間違いなく、その後劉備陣営で黄忠は活躍している。

 

これを思うに曹操って普通に侵略せずに太守として統治している。

 

韓玄が現地出身の人間かもわかりませんが、曹操が攻め入るのが面倒だったか赤壁に全勢力を注いだのだろうと考えられる。

 

そう考えると、孫・劉同盟を組んだ連合軍に対抗すうためわざわざ長沙まで、侵略してる暇はない208年長江の赤壁に多数の武将を配置する感じになったのだと考えられる。

 

曹操は統治する能力が高かったのか?

 

『三国志演義』に登場する羌族(西羌)の架空の王である徹里吉を思い出す。

 

架空の物語を話に出してもしょうがないが、統治能力が高いといった感じです。

 

歴史上において羌が中国王朝型の国家組織を形成したのは、上記の時代設定から約150年以上後の後秦(384年建国)が初めてである。wikiより