三国志2 武将 張顗

三国志5では登場しなかった武将【張顗】(ちょうぎ)気になったのでwikiで調べてみました。

三国志2 武将 張顗

張 顗(ちょう ぎ、生没年不詳)

「ちょうがい」と読まれる場合もある、これは形声文字の声符から音を憶測しただけの誤読である。

 

袁尚配下。

 

「大将」と表記される同僚の馬延よりも格下の将、あるいは馬延の副将であろうか。

 

張顗の名が『三国志』魏書武帝紀にしか見当たらないのに対し、馬延の名は他にも『三国志』魏書袁紹伝や『後漢書』袁紹伝に散見される。

 

建安9年(204年)、鄴を守備する審配を救援するため、袁尚に従って曹操軍と戦ったが、敗北を積み重ねた。このため袁尚は降伏の使者を曹操に送った。

 

曹操には全く容れられなかったため、ついに張顗と馬延は曹操に降伏することにした。

 

このことで袁尚の軍勢は総崩れとなり、中山郡へ敗走した。

 

その後、張顗の名は史書に見当たらない。

 

小説『三国志演義』では、その後も曹操配下として登場し、馬延と同格扱いにされている。

 

長坂の戦いでは他の袁紹軍の降将と共に、阿斗を抱える劉備軍の趙雲を包囲したが、突破されている。

 

赤壁の戦いでは、馬延と共に敗走する曹操を護衛したが、追撃してきた孫権軍の甘寧に馬延共々討ち取られてしまう。

 

wikiより

 

改めて、三国志2での張顗の能力値について見てみると、こんな感じです。

 

知力(ちりょく)32

武力(ぶりょく)65

魅力(みりょく)21

 

能力値は多少誤差があると思われる。

(ゲーム経過する上で戦闘時における武力上昇、褒美による書物での知略上昇など)

 

武力が65とまぁ高い方です。知力も32あるので低すぎるって感じでもないです。

 

守りでの戦闘員として使ってみてもいいかな〜程度です。

 

能力値をみるにどうってことはないのですが、三国志5では登場しなかった武将なので少し気になりました。

 

普通はシリーズがバージョンアップするごとに武将ともに増える傾向があるけど

 

システム上武将数を端折る作品もありますね、三国志シリーズではないのですが、信長の野望シリーズでは蒼天録がシリーズ最多の1500人で城も多いです。

 

日本の戦国武将そんなにいたの?って思えるぐらいです。

 

流石にこの人数だと伝説上の人物と思われる室町時代末期に登場した幻術師。

果心居士なども登場しているのか?と思われるぐらいです。

 

確か、果心居士は信長の野望・天道に登場していたような気がします。

 

どんな人物かと言うと七宝行者とも呼ばれる。

 

織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、松永久秀らの前で幻術を披露したと記録されているが、実在を疑問視する向きもある。とwikiにある。

 

行者なので、ざっくり三国志で言うと仙人系ですね

 

しかも最後の方に実在したかどうかわからないって言ってますね

 

しかも、存在を危険視した豊臣秀吉に殺害されたという説もある。

 

明智光秀は果心居士の評判を聞き、屋敷に呼んで酒を振舞った。

 

酔った彼はお礼に術を見せましょうと言い、座敷の湖水を描いた屏風の中の、遠景の小舟を手招きした。

 

すると屏風から水があふれ出し、座敷は水浸しになった。

 

果心居士が屏風から座敷に漕ぎ出てきた舟に乗り込むと、舟はふたたび絵の中に戻り、小さくなって姿を消した。 

 

それ以来、彼は二度と日本に現れることはなかった。

 

wikiより

 

屏風とか言うと一休さん思い出すわぁ〜