三国志5 武将 韓浩

韓浩(かんこう)

三国志5 武将 韓浩韓 浩(かん こう、生没年不詳)

屯田制を提唱した優れた政治家として伝わるが、『演義』では韓玄の弟で愚鈍な武将の設定。

 

王匡から従事に任命され、董卓を討つため兵を率いて孟津に出兵する。

 

袁術は韓浩の態度に感心し、韓浩を招いて騎都尉とするが韓浩の名声を聞いた夏侯惇は彼との面会を要望し、韓浩を大いに評価した。

 

夏侯惇は韓浩に兵を率いさせ、征伐に随行させた。

 

興平元年(194年)、呂布との戦いで夏侯惇が人質となった際には、主のいない軍をまとめ、かつ夏侯惇を人質にした者に対し厳しい態度で臨み、夏侯惇には国法を守るため、見殺しにすることを涙ながらに詫び、そのまま攻撃を加えた。

 

夏侯惇を人質にしていた者が叩頭して謝罪したが、韓浩は赦さずに斬り捨て、夏侯惇を救出した。

 

この態度は曹操に称えられ、韓浩のやり方はそのまま法律として用いられた。

 

以後、人質を使う者が後を絶ったという。

 

建安元年(196年)、曹操が政治について議論を行わせた時、韓浩は棗祗と共に屯田を急いで行なうよう提言したため、曹操に喜ばれ護軍への昇格を果たした。

 

韓浩は領軍の史渙と共に忠義と武勇によって名を挙げた。

 

曹操は韓浩を大いに信任していたので、彼が病死するとその死を惜しんだ。

 

『三国志演義』では、当初は博望坡の戦いで夏侯惇の部下として登場し、劉備軍の諸葛亮の火計に敗れている。

 

後に漢中攻防戦で夏侯淵配下の武将として登場するが、このとき長沙太守韓玄の弟として紹介される。

 

劉備軍に投降していた黄忠が、自分の兄を殺害したと思いこみ、張郃や夏侯尚と共に兄の恨みを晴らすべく、黄忠・厳顔を攻める。

 

逆に敵の策にかかり敗走し夏侯徳の陣に逃げ帰っている。

 

最後は、そこに出陣してきた黄忠に対し一騎討ちを挑むものの、逆に討ち取られてしまう。

 

wikiより

覚える特殊能力

三国志5 武将 韓浩【火計・同討・激励・速攻・沈着・陣立】

陣形

【錐行の陣】

平地型の陣形機動性を重視した強襲用の陣形。素早く敵に接近することに向いている。弓攻撃力・弓防御力は最低なので射撃戦には向かない。研究で『強化騎兵』があれば攻撃力・防御力が更に上昇する。

強化騎兵 【無】

攻撃力・C 防御力・C 弓攻撃力・D 弓防御力・D 機動力・S 射程2

強化騎兵 【有】

攻撃力・A 防御力・B 弓攻撃力・D 弓防御力・D 機動力・S 射程2

 

【鈎行の陣】(こうこうの陣)

山岳型の陣形山岳及び森林に適している。攻撃を受けた際に兵士が死亡せず、負傷するだけに止まる確率が高い。負傷した兵は回復可能なので実質的な兵の損耗が減らせる。防御向きの陣形である。

連弩  【無】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・A 機動力・B 射程2

連弩  【有】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

【雁行の陣】(がんこうのじん)

平地型弓での攻撃に特化した陣形。弓攻撃・弓防御は各陣形中最高、射程も長い。敵と接しての攻撃力は最低なので、味方部隊の後ろから援護射撃が適している。

関連兵器なし

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

その他の陣形

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武将パラメーター

三国志5 武将 韓浩武力【武】76 知力【知】42 魅力【魅】70 政治【政】74

 

※【修行】などでパラメーターが上がっている場合があります。

 

経験値51530・勇名3770