三国志5 武将 王粲

王粲(おうさん)

三国志5 武将 王粲王 粲(おう さん、熹平6年(177年) - 建安22年1月24日(217年2月17日))

建安七子の1人。

曾祖父の王龔、祖父の王暢が共に三公に至ったという名門の家に生まれる。

父の王謙は何進の長史だったが、彼の縁組申し入れを拒絶した後、病気のため免職となり、家で亡くなった。

初平元年(190年)、董卓の遷都により長安に移住した。大学者として有名だった蔡邕から非常に目をかけられ、彼の蔵書を預かることとなった。

 

戦乱打ち続く長安を離れ、荊州刺史の劉表を頼り、建安13年(208年)、劉表が亡くなると後継者の劉琮を説得し、曹操に帰服させた。

曹操から招かれて丞相掾となり、関内侯の爵位を授けられた。

軍謀祭酒を経て、建安18年(213年)に曹操が魏公に即くと、侍中に任命された。

 

優れた記憶力を持ち、碁盤の石が散らばっても全て元通りに戻すことができた。

 

博学多識で、曹操儀礼制度を制定する時は、必ず王粲が主催した。

 

弁論は臨機応変で、その上奏や論文は大臣の鍾繇・王朗でも手を下せないほど。

算術にも長じ、算法を作ってその道理を極めた。

 

その才を高く評価され、曹操の物見の際にはお付きとして、車に同乗することが多かった。

しかし曹操の信頼を得た点では、侍中の同僚である和洽・杜襲に及ばず、王粲は彼らに嫉妬心を抱いた。

 

建安22年(217年)、41歳で病死した。

 覚える特殊能力

三国志5 武将 王粲【混乱・同討・収拾・鼓舞・落石・反計】

陣形

【鈎行の陣】(こうこうの陣)

山岳型の陣形山岳及び森林に適している。攻撃を受けた際に兵士が死亡せず、負傷するだけに止まる確率が高い。負傷した兵は回復可能なので実質的な兵の損耗が減らせる。防御向きの陣形である。

連弩  【無】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・A 機動力・B 射程2

連弩  【有】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

【箕形の陣】(きけいのじん)

平地型の陣形平地向きの陣形。攻撃を受けた時に敵の損害を負傷だけにとどめ、脂肪率を下げることができる。城の上など、回復が可能な場所に陣取ると効果的で、どちらかといえば射撃戦向き。

関連兵器なし

攻撃力・C 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・B 機動力・D 射程2

 

【鶴翼の陣】(かくよく)

平地型唯一『一斉攻撃』が実行できる陣形。一斉攻撃は非常に強力なので城にこもった敵を複数の味方部隊で包囲したとき使える。弓の攻撃力は高いので射撃戦には有利。

 

関連兵器なし

攻撃力・C 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・D 機動力・C 射程2

 

【魚鱗の陣】

平地型平地形で「突撃」を実行できる陣形。攻撃力は全陣形中で最も最高。しかし、防御力・弓防御力は最低で、ある程度の損害を覚悟の上でとにかく早く敵を倒したい時に使う陣形。

関連兵器なし

攻撃力・A 防御力・D 弓攻撃力・C 弓防御力・D 機動力・A 射程2

 

【長蛇の陣】(ちょうだ)

山岳型山林で驚異的な機動力を発揮する陣形。防御力・攻撃力はさほどではないので、遠くの敵に接近するのに使うと良い。新兵器である『筒袖鎧』で防御力と弓防御力を高められる。『筒袖鎧』(とうしゅうがい、つつそでよろい)は、中国の甲冑・鎧の形式の一つ。古代中期に用いられた。

新兵器『筒袖鎧』を開発・【無】

攻撃力・C 防御力・C 弓攻撃力・D 弓防御力・D 機動力・S 射程2

新兵器『筒袖鎧』を開発・【有】

攻撃力・C 防御力・B 弓攻撃力・D 弓防御力・B 機動力・S 射程2

 

【雁行の陣】(がんこうのじん)

平地型弓での攻撃に特化した陣形。弓攻撃・弓防御は各陣形中最高、射程も長い。敵と接しての攻撃力は最低なので、味方部隊の後ろから援護射撃が適している。

関連兵器なし

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

その他の陣形

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武将パラメーター

三国志5 武将 王粲武力【武】23 知力【知】83 魅力【魅】67 政治【政】86

 

※【修行】などでパラメーターが上がっている場合があります。

 

経験値33328・勇名4371