三国志5 武将 陳宮

陳宮(ちんきゅう)

三国志5 武将 陳宮陳 宮(ちん きゅう、生年不詳 - 建安3年12月24日癸酉(199年2月7日))

勇敢で信念を曲げない人柄であり、地元の顔役として若いころから天下の英雄や高名な学者たちと交友を結んで自分を高めた。

天下が動乱の時代に入ると、まず曹操に仕えた。

初平3年(192年)、兗州刺史の劉岱が黄巾軍に敗れて戦死すると、「覇王の業」のために兗州を傘下に治めるよう曹操に進言した。

曹操の同意を得た陳宮は、先行して兗州に赴き、別駕や治中などを説得して回った。

この結果、済北の相鮑信らが陳宮の意見に賛同したため、曹操兗州牧に迎えることができた。

興平元年(194年)、曹操は徐州の陶謙を攻撃すると、陳宮に東郡の守備を委ねた。

しかし、曹操軍の大部分が兗州を離れた隙を衝き、陳宮曹操への叛逆を目論んだ。

陳宮は、陳留太守の張邈、その弟の張超、従事中郎の王楷・許汜とともに反乱を計画して、呂布を盟主として迎え入れた。

なお張邈の反乱の動機は、曹操袁紹と同盟して自分を攻撃しようとしているのではないか、という不安だったとされている。

しかし、陳宮本人の動機は曹操への疑いを抱いたとあるのみで、詳細が不明である。

 

建安3年(198年)冬、曹操が彭城まで攻め寄せてくると、陳宮呂布に対し直ちにこれを攻撃するよう進言した。

しかし、呂布曹操軍が下邳まで攻め寄せてくるのを待つとして、これを容れなかった。

呂布は下邳まで曹操軍が来たところで城外へ出撃したが、敗北して成廉を捕虜にされてしまい、また下邳城内に追い込まれたため、曹操からの勧告もあって降伏しようとした。

しかし陳宮は、かつて曹操に反逆したという深い罪を負っていることを自覚していたため、呂布の降伏を阻害した。『献帝春秋』によれば、陳宮呂布に対し「曹操に降伏するのは、石に向けて卵を投げるようなものです」などと諫言している。

陳宮は、局面を打開しようと呂布に献策するなどしたが、採用されることはなかった。同年末、呂布の縁戚である魏続・侯成・宋憲らが反乱を起こし、陳宮を捕縛して曹操に寝返った。

これにより呂布も戦意を喪失し、曹操に降伏した。

曹操が面前に引き立てられた陳宮に「何故このような事になったのか」と問うと、陳宮呂布を指して「この男が私の言う事を聞かなかったためにこうなったのだ」と答えた。

さらに曹操が「老母や子供はどうするつもりだ」と尋ねると、陳宮は「天下を治める者は人の親を殺したり、妻子を途絶えさせたりしないもの。

母の生死は貴公の手中にあり、私にはない」と言った。

このため曹操は、涙ながらに刑場に向かう陳宮を見送った。

しかし陳宮は振り向かなかったという。

こうして呂布・高順らと共に絞殺され、許の市において晒し首にされた。

曹操は彼の老母ら家族を引き取って厚遇し、陳宮の娘も嫁ぐまで面倒を看た。

 

小説『三国志演義』では、中牟県の県令として登場する。

 

董卓暗殺に失敗し洛陽から逃げ出した曹操を捕まえている。

 

しかし一度は捕らえるも、曹操の志に感服し共に逃亡する。

 

逃亡途中、二人は曹操と旧知の間柄である呂伯奢の家に立ち寄るが、疑心暗鬼にかられ、口封じのために家族もろとも殺害。

 

身勝手さに呆れた陳宮は、曹操が寝入った隙に暗殺しようと考えるが思い留まり、一人で東郡へ去る。

 

その後、陳宮は東郡で従事を務め、徐州の陶謙とも交流を持つ。

曹操が父の仇を討つために徐州に攻め込もうとすると、陳宮陶謙のために曹操を諫止しようとするが、逆に罵られて追われ、陳留の張邈を頼る。

そして、史実通りに張邈らとともに呂布を擁立し、兗州曹操から奪う。

呂布曹操に敗れて徐州の劉備の下に逃れると、これに随従していた陳宮は、呂布に進言して劉備を駆逐し、呂布を徐州の支配者とさせる。

さらに陳宮は、袁術が派遣した使者韓胤と結託し、曹操らに対抗しようと図る。

しかし、密かに呂布の駆逐を狙う陳珪・陳登父子に阻まれ、韓胤は呂布により曹操に引き渡され処刑されてしまう。

その後も陳珪父子に行動を妨害されたため、陳宮呂布に陳父子を退けるよう諫言するが、容れられず嘆息する。

曹操が徐州へ進攻してくると、陳登の裏切りにより、呂布陳宮は下邳に追い詰められる。

曹操の勧告に応じて降伏しようとする呂布を押し止め、陳宮は弓矢で曹操の本陣傘を射抜く。

さらに「掎角の勢」を進言して曹操軍を破ろうとするが、呂布の妻厳氏が泣いて呂布を止めたため、実行を取り止めている。

敗北後の刑場での曹操とのやり取りは、史実とほぼ同様である。wikiより

覚える特殊能力

三国志5 武将 陳宮【火計・収拾・鼓舞・落石・反計・土砂】

陣形

【鈎行の陣】(こうこうの陣)

山岳型の陣形山岳及び森林に適している。攻撃を受けた際に兵士が死亡せず、負傷するだけに止まる確率が高い。負傷した兵は回復可能なので実質的な兵の損耗が減らせる。防御向きの陣形である。

連弩  【無】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・A 機動力・B 射程2

連弩  【有】

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

【箕形の陣】(きけいのじん)

平地型の陣形平地向きの陣形。攻撃を受けた時に敵の損害を負傷だけにとどめ、脂肪率を下げることができる。城の上など、回復が可能な場所に陣取ると効果的で、どちらかといえば射撃戦向き。

関連兵器なし

攻撃力・C 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・B 機動力・D 射程2

 

 【鶴翼の陣】(かくよく)

平地型唯一『一斉攻撃』が実行できる陣形。一斉攻撃は非常に強力なので城にこもった敵を複数の味方部隊で包囲したとき使える。弓の攻撃力は高いので射撃戦には有利。

関連兵器なし

攻撃力・C 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・D 機動力・C 射程2

 

 【方円の陣】(ほうえんの陣)

平地型の陣形防御に徹した陣形。どの方向から攻撃をされても防御が変わらないため、包囲されても不利にはならない。攻撃力は低いが『発石車』があれば弓攻撃力が飛躍的に上がる。

発石車  【無】

攻撃力・D 防御力・A 弓攻撃力・D 弓防御力・A 機動力・D 射程3

発石車  【有】

攻撃力・D 防御力・A 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・D 射程3

 

【雁行の陣】(がんこうのじん)

平地型弓での攻撃に特化した陣形。弓攻撃・弓防御は各陣形中最高、射程も長い。敵と接しての攻撃力は最低なので、味方部隊の後ろから援護射撃が適している。

関連兵器なし

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・B 射程3

 

その他の陣形

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武将パラメーター

三国志5 武将 陳宮武力【武】61 知力【知】90 魅力【魅】69 政治【政】81

 

※【修行】などでパラメーターが上がっている場合があります。

 

経験値33627・勇名5331