三国志5 武将 楊儀

楊儀(ようぎ)

三国志5 武将 楊儀楊 儀(よう ぎ、? - 235年)

かつては、曹操に仕えた傅羣(荊州刺史)の主簿であった。

しかし、関羽を慕っていたことからその下に降り、功曹に採り立てられた。

後に劉備の下へ使者として赴き、気に入られて左将軍府の兵曹掾となった。

219年、劉備が漢中王になると尚書となった。

しかし221年に劉備が即位すると、上司の劉巴と喧嘩して弘農太守に左遷された(太守ではあるが、弘農郡は魏の領地である)。

しかし、諸葛亮が彼の才幹を高く評価していたため、劉備亡き後に再び採り立てられ、丞相参軍(幕僚)・丞相長史(幕僚長)[蜀書楊儀伝では、八年.遷長史.加綏軍將軍…とある]へと累進し、諸葛亮の補佐に当たった。

 

楊儀諸葛亮の死後、長年の実績と政敵の魏延を討ち取ったことから、自分こそがその後継者に相応しいと考えていた。

ところが諸葛亮の後継者には、留府長史として後方勤務を務めてきた蔣琬が選ばれ、尚書令・益州刺史という要職に任命されたのに対し、楊儀は統括する部署のない中軍師に任命されたのみで、職務もないという状態であった。

これは諸葛亮がその生前、楊儀の能力については評価していたものの、その狭量すぎる性格を問題視し、自らの後継者には彼ではなく蔣琬を密かに指名していたからであった。楊儀はそれまで蔣琬のことを、経歴・実績のいずれも自分の後塵を拝してきたと考えていたため、この処遇に大きな不満を覚え、費禕に対し「かつて丞相(諸葛亮)が亡くなった際に、軍を挙げて魏についていたら、こんな風に落ちぶれる事はなかったろうに」と漏らした。

費禕がその内容を劉禅に密告すると、楊儀は庶人に落とされ漢嘉郡に流罪となった。

ところが楊儀は、流刑地から他人を誹謗する激越な内容の上書を送り続けた。

このためついに劉禅らが楊儀を拘束させると、楊儀は自殺したといわれる。

その後、妻子は成都に戻ることを許された。

 

小説『三国志演義』では、諸葛亮が「出師の表」を上奏して北伐を行う場面で、従軍する将の一人として初めて名前が登場する。

諸葛亮の後継者に選ばれなかったことに不満を持ち、費禕にこのことを劉禅に報告されている。激怒した劉禅楊儀を処刑しようとするが、蔣琬の取りなしにより死罪を免れ、平民に落とされた上で流罪となるも、楊儀はこれを恥じて自殺することになる。

wikiより

覚える特殊能力

三国志5 武将 楊儀

【火計・混乱・収拾・鼓舞・消火・激励】

陣形

【衡軛の陣】(こうやく)

山岳型山や森林で高い防御力を誇る陣形。横からの攻撃に対しても防御力が落ちないので、高山など、進入不可能な地形を背に戦えば、敵に囲まれてもかなりの間持ちこたえることができる。 

関連兵器なし

攻撃力・D 防御力・B 弓攻撃力・B 弓防御力・B 機動力・D 射程2

 

【方円の陣】(ほうえんの陣)

平地型の陣形防御に徹した陣形。どの方向から攻撃をされても防御が変わらないため、包囲されても不利にはならない。攻撃力は低いが『発石車』があれば弓攻撃力が飛躍的に上がる。 

発石車  【無】 

攻撃力・D 防御力・A 弓攻撃力・D 弓防御力・A 機動力・D 射程3 

発石車  【有】 

攻撃力・D 防御力・A 弓攻撃力・A 弓防御力・A 機動力・D 射程3

 

その他の陣形

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武将パラメーター

三国志5 武将 楊儀武力【武】60 知力【知】71 魅力【魅】46 政治【政】79

 

※【修行】などでパラメーターが上がっている場合があります。

 

経験値45183・勇名4700

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