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三国志5 武将 左賢王(さけんおう)

左賢王

三国志Ⅴ 左賢王

三国志Ⅴ 左賢王

三国志Ⅴ 左賢王

匈奴の国制における地位・称号の一つ。

匈奴(きょうど)とは紀元前4世紀頃から5世紀にかけて中央ユーラシアに存在した遊牧民族および、それが中核になって興した遊牧国家。

モンゴル高原を中心とした中央ユーラシア東部に一大勢力を築いたそうだ。

これは後のチンハンの祖先なのかな?

パラメーターを見るにそこそこ強いしバランス型と言っても良いぐらいです。

武闘派武将の穴埋め

三国志後半になると武将のパラメーターの種類が極端に高いものはいなくなり

基本的にバランス型となっていく、なので圧倒的な力のゴリ押しのような戦闘は難しくなってくる。

顔良文醜みたいに陣形で矢印マークみたいな感じの【鋒矢の陣】(ほうしのじん)

で、練度100、士気100で突っ込ませると言ったやり方である。

後半になると、戦闘において武闘派集団の穴埋めとなるのが南蛮の武将になってくる。

だが、知力が低く魅力も低い場合が多いので戦闘中に敵に寝返りやすい、なので褒美をあげて忠誠度を100にしておけば大丈夫です。

それが面倒な場合やそんな事で行動力を無駄に使いたくないと思うところだろう。

関羽の息子

なので基本的には、関羽の息子の関平(かんぺい)と関興(かんこう)と関索(かんさく)を仲間にして戦って行きました。

因みに関索(かんさく)は演義に登場して三男とされている。

正史では、関平(かんぺい)と関興(かんこう)の2人、娘が1人のようだ。

なんか蒼天航路の場合もっと子供いたように思えたがそれは私の記憶違いか・・・

三国志5に登場する関羽の息子を私が確認する限り3人だったような気がする。

張嶷(ちょうぎょく)

その他にも武闘派将軍は色々いますが、張嶷(ちょうぎょく)も中々強いです。

三国志演義では北伐では曹真に代わって司馬懿が魏の西方の司令官となると、諸葛亮は防衛計画を展開させる。呉懿は、呉班馬忠張嶷らとともに、張郃と戴陵を迎撃し、陽動の任務を成功させている。

精鋭として登場してますね、ゲーム内のパラメーターでも全ステータス70以上です。

【武】(武力)76 【知】(知力)70 【魅】(魅力)77 【政】(政治)76

しかも特殊能力で沈着を覚えます。幻術にかかりづらいですね

鄧艾(とうがい)

そして三国志における曹操劉備孫権にも並べる程の能力値が高い武将が鄧艾(とうがい)ですね

孫権が【武】(武力)82 【知】(知力)88 【魅】(魅力)96 【政】(政治)79

鄧艾が【武】(武力)87 【知】(知力)94 【魅】(魅力)75 【政】(政治)88

 

その他に探せば後半になっても結構強い武将がいるので、強い武将が寿命でいなくなっても何とかなりそうです。