おぴお

限界突破で更新します。

タイムスリップして昔の人間と話すこと物語的にキツくない?


古代日本語会話講座-上代日本語で喋ってみた Old Japanese conversation


古代日本語会話講座-平安日本語で喋ってみた Early Middle Japanese conversation

これを踏まえると、よくバックトゥザフューチャーみたいな感じでタイムスリップしましたみたいな映画とかさ物語あるけどさ、昔の人と今の人では話全く通じないんじゃないのかな、犬夜叉みたいな感じでさあの井戸に落ちてタイムスリップしましたみたいな流れだけども、あの時代の現地の人間と現代の人間では全く言葉通じませんでしたってのが現実だよね

NHK かなんかで、要潤がやってるタイムスリッパーだっけか忘れたが、過去に戻って取材するみたいな番組があったよ、あれ結構面白かったな

そして未来の技術みたいな感じで現代の言葉遣いもコンピューターなんとかできるみたいなくだりなかったっけ?

あの点はよくできていてね、一昔前は【マジ、KY】とかありましたね、こんな感じで段々と言葉が変わってきたと思われる、【微妙】とか言う言葉も使われてきたもんな

ここに【ボイスパーカッション】なんて出てきた日には、タイムスリップなんて出来た日には考えてもなかった事が起こり、地獄の状態になるだろう。

言葉は全く通じない上に切捨御免の世界で、サバンナ八木のようにブラジル人に地球の裏側からブラジルの人聞こえますか〜って言ってるようなもんだと思うのである。

またここで矛盾点として地球の裏側から話す。

そしてブラジル人に対して日本語でブラジルの人聞こえますか?と言っている事である

このように事が、タイムマシーンが完成した後に起こりうるかも知れない

過去の人間と現代の人間が意思疎通を図るにあたり、一番現実的な物語はグラップラー刃牙宮本武蔵とピクルが言葉ではない対話(意思疎通)を図ったものだろう。

ギリ平安時代の人とは、名乗りからの会話ができそうだが「やあやあ我こそは!」とは言った瞬間に果し状みたいなもんだから、戦闘が始まってしまうだろうということが考えられます。

こうなってしまった昔の人の生活には戦いがつきものなので、簡単に命懸けの勝負が始まる可能性も無きにしもあらず。

なので極力戦闘は避けて、街中を歩いていたら琵琶法師に出会い物語を聞くにも理解が不可能となる現代でもキツイのに、昔の訛りで盲目僧の芸人(ながし)の曲はどのように聞こえるのかは、タイムマシンでタイムスリップして聞きたいものである。

訛りがある言葉はなぜか沖縄の方言と津軽弁に似ている傾向がある、日本の最北端にこのような傾向がある、これがいったい何を意味しているのか、気になる点でもある