おぴお

限界突破で更新します。

この三国志の方が話がわかりやすい


三国志 10 呂布の最期 白門楼 陳宮と張遼の命運

呂布の死に際ってこんなにも暴れていたとは、蒼天航路のときはもっと美化されていたよな気がします。ですが、この三国志の方が人間らしいと言うか、わかりやすい感情なのである、実際にこっちの呂布の方が現実的と言うか腑に落ちる、命乞いするのはカッコ悪い傾向にあるが死んでは何も出来ないのであるから、あの足掻きは呂布らしい、三国志スリーキングダムスでは張飛呂布を3つの家の奴隷と言い放つシーンがある原文では「三姓家奴」丁原を裏切り董卓をも裏切っている、って事は3つの姓(苗字-呂、丁、菫)を裏切ったという事なのでしょうか?多分そういうことなのかな?ワイも良くは理解していないのが事実です。

そして呂布の性格は欲しいものは全て奪って自分のものって感じだったよですね、これは蒼天航路でもそうなのだが、戦闘民族って感じであまり先のことを考えずに敵陣に突っ込むタイプなのは有名な話なので言うまでもないですが、それだけ自信があったし事実最強だったのだから、典型的な戦闘タイプだったんだろう、そして強欲で方天画戟と赤兎馬貂蝉を全てゲットしてますね、んで方天画戟って武器で戟という鉾みたいな、ざっくり槍みたいなもんだと思ってます。そしてこの方天画戟ってwikiで調べるとこう書いてました。方天画戟 - Wikipedia

正史には登場しない(そもそも原型の方天戟共々、宋朝以降に実在する武器であり、3世紀には実在しない)。また、小説『水滸伝』では呂布に傾倒した呂方をはじめ多数の人物の武器として登場する

 You Tube水滸伝のドラマ途中まで見たのですが、アップされてなくて、入れ墨入ったキムタクみたいな奴と董卓みたいないいヤツが、お金の無い親子を助けたあたりまでしか見てません、話は脱線しましたが、時を戻そう(ペコパ)

次に赤兎馬、これは有名でよくゲームの三国無双で赤兎馬ゲットするためやってました。『呂布伝』では「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」と記載されるだけあって、『三国志演義』によると赤兎馬は稀代の名馬で、一日に千里を駆けることができた。

ゲームでも早いし敵吹っ飛ばすと言った最強の馬でしたね、あれは後半関羽が乗ってましたね、これと言うのは曹操呂布を倒した後に赤兎馬をゲットして曹操関羽を部下したとき気を引くために関羽にプレゼントしたからね、wikiにもこうある。

 はじめ董卓が持っていたが、呂布とその養父の丁原を離間させるために李粛の策で呂布に贈られた。呂布はその見返りに丁原を殺し董卓に仕えたが、赤兎馬は後に呂布を討った曹操の手に移る。しかし赤兎馬は気性が荒く誰にも乗りこなせずにいた。当時曹操関羽を自分の部下にしたいがために軟禁状態に置き、気を引くために様々な贈り物を与えていた。しかし一向に効果がなかったため、「貴殿なら乗りこなせるだろう」と赤兎馬を与えたところ彼は見事にそれを乗りこなした。さらに、それまで何を贈っても喜ばなかった関羽が大喜びしたので、曹操はその理由を尋ねた。関羽は「この馬は1日に千里を駆けると知っております。今幸いにこれを得て、もし兄者(劉備)の行方が知れましたら、一日にして会うことが出来ましょうぞ」と答えたために曹操は愕然とし、また後悔した。

そののち、関羽が処刑された後は、呉の馬忠に与えられたが、馬草を食わなくなって死んだという。

最後のところ関羽征討戦で呂蒙関羽の首を討取るのですが、あれなんかやっちゃった感がありましたね、そして[呉の馬忠に与えられたが、馬草を食わなくなって死んだという。]とあるが、最強の男しか乗せないって事なのか?草を食わなくなって死んだとあるが、幽白の雷禅を思い出しました。時間も時間なのでもう寝るか・・・