おぴお

限界突破で更新します。

戦う理由

なんか急激に暑くなってきましたね、ここ2日間ぐらいで30度いってませんか?

この前の話の続きでもある、またまた戦国ネタです。あの時代の戦う理由とか何だったのか軽く考えてみました。これあくまえもメモ書きって感じだからね

人類の戦闘の歴史というのは、人間特有の競争力からくるものなのか?

本来は平穏な日々を求めているだけというもの、戦闘好きの戦闘民族もいるから、それが生きる意味だとか、戦ってなんぼと思う方もいるだろう、確かにその点は理解出来るそうじゃなきゃ人間進歩しないだろうとね、だが、戦と言っても取り返しのつかないものとそうでないもののが存在する、ポルトガル生まれの宣教師ルイス・フロイス(1532〜1597)【慶長2年5月24日】比較戦争論である、中世の西欧の戦争は、領土を広げるのが目的だが、日本の戦争は食うために行われているという、『我らにおいては、土地や都市や村落、およびその富を奪うために、戦いが行われる。日本での戦は、ほとんど、小麦や米や大麦を奪うためのものである』、領土拡大の為の戦争か食うための戦争か比較から、領土拡大と食うためとなると、ムーとアトランティス文明の違いからなるものなのだろう、食うためならしっくりくるが、領土を拡大してどうすんの?って思うよな、植民地だの色々考えられるが、インディアンぶっ潰し〜の、アステカ潰し〜の、アボリジニー潰し〜のって感じで、アングロサクソンがどうたらこうたらっていう話は控えておこう、宣教師ルイス・フロイスは侵略で、スパイだよね、イエズス会だしね、その話は置いておこう、同じ頃、豊臣秀吉が九州全域戦争の中止を呼びかけ、国分郡境目の争いを止めよう、九州の国は自分が裁くと言っている、つまりは秀吉自身も日本の戦争も侵略戦争と認識していたことになる、ある程度の領土拡大になると侵略戦争となるんだろうと思われる。という事はアングロサクソンだのこの頃の日本人だの関係ないのかも知れない、日本にいる本当の縄文人の祖先はアイヌ阿弖流為の頃に坂上田村麻呂にやられてしまったのか?だが【炎立つ】で祖先となる人物が生きているのでなんとか命を繋いでいるのかも知れない、だがこの宣教師ルイス・フロイスイエズス会の公務として日本年報の出筆を務め、日本史の報筆にあたったが上司からは「誇張癖があり、口も軽い」とある、彼が書いた実感戦場論は、果たして事実だったのか?疑わしいもんだ、この内容は本【雑兵たちの戦場】で書かれているがイエズス会の上司の言葉がこんな残っている事が凄いよな