おぴお

限界突破で更新します。

三好長慶の野望

ボンバーマン松永久秀とかセットのときの三好家最強だからね、荒木村重 ヤッターマンって感じでだ、ふざけて書いていきます。

松永久秀ってさ〜色々な逸話があるよね、日本初のエロ本を作ったとかさ〜平蜘蛛もって爆死とかね、だからボンバーマンって言われる所以なのだが、為せば成るってさ〜この言葉武田 信玄のやつだよね?んで調べましたよ。

この上の動画の編集っていうか作り勘違いするわ〜

んで武田 信玄の進言ってさ〜ダジャレというオールドスタイルで戦うのかい?

武田 信玄の名言はもう一つある、【したいことをするな。嫌なことをしろ】って感じの喝みたいなやつがあるよね

まぁ名言なんてのは個人の捉え方次第だから、何だって話ではあるが、そんなことはどうでもいい、問題は最初の天下人といっても過言ではない三好長慶がなんでこんなにも注目されないし教科書にも出てこないこの?まぁこれは、九戸の乱でも言えることなのだが、結構な大戦でも歴史から端折っていることは、しょうがないからかそれとも支配者にとって都合の悪い歴史だったのかも知れないですね、んで調べれば普通にあった。

三好長慶父親の仇で兄弟で協力して再起をした武将って感じで、兄弟が5男6女って動画も言っていましたね、昔なら当たり前な感じではある、そして父が三好元長室町幕府管領細川晴元重臣で、細川家は内乱で自害とある、これは細川晴元の謀略か、図られたかって感じで、十文字切腹とある、んで細川晴元本願寺一向一揆衆をおさえられなくなり、11〜12歳三好長慶が仲裁役となった、これ無理あるだろっていうか、これハメようとしたのだろう、小6とか中1の子供に任せるってのはさ〜長老の斡旋もありとか言っているよな、まぁ色々あったんだろうけど、曽祖父三好之長や親父の作った基盤の勢力と力を合わせ、着実に力を蓄えていったと言ってますよね、この曽祖父ってのは誰だって感じでwikiで調べた。

阿波でも最有力の国侍だったという三好長之の嫡男として誕生wikiより

ってことは相当基盤は築いていてだ、勢力も見方に付けていたことは予想出来るし曽祖父の時代より前の三好長之まで遡るんだろ、相当基盤は固いだろう

三好長之 - Wikipedia

そして兄弟で頑張って長慶、実休(義賢や之康)、安宅冬康(安宅氏へ養子に入り淡路水軍を統率)、十河一存(讃岐の十河氏の家督を継いだ)、野口冬長(淡路国・志知を本拠地とする野口氏の養子に入って家督を継承)、と兄弟を血縁関係にするあたりは昔からあった話ではある、ロスチャイルド家もそうだが、この考えは戦略的には普通の事なのだろう。でもさ〜結局、松永久秀が家臣でいた事が良かったか悪かったかだよね、この松永久秀ボンバーマンって名前がつくほど、過激な人物だったようだ。

というのが基本的な話の流れではあるが、他の方のブログのコメント欄見るとさ〜

1.松永久秀が三好を陥れた一級資料は存在しない裏切りのイメージは後世の創作にすぎない

2.松永久秀は闘いの混乱に紛れ、明国に渡り兵法や戦術などを学び帰国後に目覚ましい活躍をしている。

という話も存在している、三好時代の天門期には鉄砲(1543年)やキリスト教伝来とある (1549年にカトリック教会の修道会であるイエズス会フランシスコ・ザビエルによる布教)

鉄砲の伝来なのだがポルトガル人をのせた中国の船舶種子島に到着したことをもって伝来の最初とするwikiより、あるよな〜、もしも松永久秀が明国行っていたらだ、スパイとは言わないが、騙されたケースもあるイエズス会と明国とあるからハメられた可能性は無きにしも非あらず、でもさ〜遣唐使の派遣は昔からある訳だから、行けるっちゃいけるってことだよな、でも久秀も爆死は確かなものなのでしょう?ここが疑われる点でもあると考えている。

そんな感じで三好家の子孫である三好 基之は日本の実業家。産経新聞専務、西友ストア社長、父は元国務大臣北海道開発庁長官、三好英之。  西友の創業者は堤清二である。

産経新聞社創業者・代表取締役社長は前田久吉。

三好基之 - Wikipedia

途中の記事だったので一部編集しました。