おぴお

限界突破で更新します。

源義経まだ続きま〜す

いやぁ〜正直もういいやぁ〜って方いらっしゃると思いますが、書きてぇ〜から書くな、一々御託はいらな〜んだよ、はよ書けって気持ちが湧き上がったところで書きます。
源義経のガキの頃は牛若丸じゃん鞍馬山時代な、鞍馬山鞍馬天狗に剣術などを教わったとある、まぁドラゴンボール亀仙人みたく稽古をつけてもらったんだよね、そもそも義経の人生はドラマそのもので義経が生まれて間もなくして起こった平治の乱で、源氏が敗れ没落してしてしまうのである、そんで母と義経と長兄の今若、乙若をつれ一度逃亡した後、京の平清盛のところに出頭したのであった、そこで涙ながらに訴えた『我が身がどうなろうとも、この子たちの命ばかりはお助け下さい』と母の常盤御前の願いに、清盛の心が動いたとある、『子供たちは、寺へ使わすこととし、そなたの命も助けよう、我が館に奉公するがよい』って感じで、鞍馬寺で修行したとある、だが11歳か15歳諸説あり、そんぐらいのとき鞍馬寺を飛び出て鞍馬山に行き天狗から剣術、忍術を教わりとあるが、天狗って言うかはそもそもどういったものなのか?妖怪という考えが現在では定着したが、山の者の事を天狗といったような話もある、当時この天狗というのは六韜(りくとう)兵法という呪術兵法の大家で、文武の達人である陰陽師・鬼一法眼のこととある、古より朝廷に従わぬ者、定住せぬ者、農耕に従事し生産活動をせぬ者は鬼、天狗、土蜘蛛と呼ばれ反権力として区別されてきたそうだ、そしてそこには呪術を用いて特殊な技術を持つ山岳修験者や陰陽師、山野に漂泊し木工を職業とする木地師(きじし)獣を追って山々を渡り歩く猟師、金や銀、鉄などの鉱物資源を扱う金属民などが含まれるそうだ、いわいる『まつろわぬ民』というようだ、この『まつろわぬ民』とは忍者の祖である、このような山の者『まつろわぬ民』に義経(牛若丸)は剣術や忍術を教わったそうだ、これらの山の者『まつろわぬ民』とは縄文人なのではないだろうか、その時代渡来人が朝廷であって、阿弖流為VS坂上田村麻呂って感じで、蝦夷(縄文人)VS朝廷(渡来人)という感じではないだろうか?そもそも平和主義である縄文人なのだが、朝廷となると、将軍職の征夷大将軍の「征夷」は、蝦夷を征討するという意味。である、この下りは前にも語ったが再度ここで確認したいと思ったのである、このようにだ朝廷のしている事は正に侵略なのである、そもそも蝦夷(縄文人)側は侵略の名目などは存在しない、自分の土地を脅かされて防衛し抵抗したのであって後に阿弖流為は破れ蝦夷(縄文人)は山に逃れたのだというと、後に歴史の辻褄が合うような気がしてならない。