おぴお

限界突破で更新します。

和を以て貴しとなす

先に言って置きますね、真面目な感じではない内容となってますのでご了承下さい。和を以って貴しとなすって言えばだよ聖徳太子、西暦574年生まれの脳みそおでごんすって感じで、正直言ってワイも聖徳太子なんてそんなに覚えてない訳よ、603年の冠位十二階制度の帽子の色が黒、白、黄、赤、青、紫でざっくり別れていて、最初の準備から偉くなって行くって感じか、これ動画後で貼っておきます。なんかさぁ〜脳みそおの事が頭から離れないのだが…こちゃ〜すっ、厩戸皇子622年49歳で薨去とある、とまぁ短命ではあるが、聖徳太子の地球儀はどうやって作ったのか?って言う疑問があるが、多分たれは江戸時代に出来たのだろう?って言う説じゃ無かったっけか?まいいか、んで仏教を取り入れ神道とともに厚く信仰し興隆につとめたとされる。とあるが仏教で影響あったんだろうね、んで我先にと口を開いた請願者の数は10人にも上ったが、皇子は全ての人が発した言葉を漏らさず一度で理解し、的確な答えを返したという。この故事に因み、これ以降皇子は豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)とも呼ばれるようになったwikiよりこれ有名であるがこんなことが出来るのなら絶対に地球儀作ってもおかしくはないんじゃないのかな~なんて思うが、南嶽慧思の生まれ変わりと言う説もあることからも、地球儀あってもいいんじゃないのか?なんて思っている、聖徳太子天台宗開祖の天台智顗の師の南嶽慧思(515年 - 577年)の生まれ変わりであるとする。とある慧思(えし)って何なんだろう慧思 - Wikipedia飛翔伝説も存在している太子が試乗すると馬は天高く飛び上がり富士山を越えて信濃国まで至ると、ペガサスなんすか?って感じで、完全脳みそおの世界であるのだがそろそろ時間が無くなって来たのでざっくり終わらせなくてはならなくなった、片岡飢人(者)伝説これは簡単に言うならば、アンパンマンみたいな感じで皇太子が片岡(片岡山)に遊行した時、飢えた人が道に臥していた。姓名を問われても答えない。太子はこれを見て飲み物と食物を与え、衣を脱いでその人を覆ってやり、「安らかに寝ていなさい」と語りかけた。太子は次の歌を詠んだ。wikiよりこれ丁度徳の部分でざっくり言うのならばアンパンマンって事だよね、って感じで今回はまた聖徳太子の話でした。って感じで脳みそおのカーネルサンダース編もあるので、時間があったらみてみるといいよ☆