おぴお

限界突破で更新します。

東海道五十三次BGM

なんか新幹線の話をしてたらさ~こんなことになった、東海道新幹線ってなったら当然、東海道五十三次が思い浮かぶよね、東海道五十三次とは東海道にある53の宿場のことを言って五十三次と称す場合は京都までの場合である、大阪までつなげると五十七次とする、東海道五十三次っていえば浮世絵の画板買っちゃうって程ではないけど葛飾北斎だよね、wikiにの出ていたんだが風光明媚とあるその通りなんだが、浮世絵の話に移るが、ってかつべで葛飾北斎のドゥ画見たんだけど、北斎って雅号を30回程変えていたようだ、んで面白そうな雅号を厳選ラインナップさせったった、まずはじめに『群馬亭』『雷斗』『画狂人』『画狂老人』『天狗堂熱鉄』『鏡裏庵梅年』『月痴老人』『卍』『三浦屋八右衛門』歌舞伎かよ、『土侍仁三郎』黒澤明映画でっか?『百姓八右衛門』これ一番好きかもしれんワイはね、『魚仏』『穿山甲』(せんざんこう?)こんな感じでなんかこう漫画のナルトに出てくる敵キャラみたいな名前なんだけれど、これ以外にも面白いエピソード満載なんだけどこれらは大抵はwikiに載ってるからこれが凄いってか時代だろうか・・・んで北斎のエピソードに火事ってのがあって転居56回、75歳になるまで奇跡的に火災に遭わなかった。とあるそして自慢で鎮火の御札を描いて人に渡したりしていた。とあるが75歳でとうとう火災に遭い、もともと乏しかった家財も失い浮浪者の様になってしまった。若い頃から描き貯めた資料も焼失し、大変がっかりしてもう集めなくなった。火災直後は道具が無い間、徳利を割って底を筆洗いに、破片をパレットにして画を描いていたこともあった。(wikiより)

後にこう言ったエピソードもあるこの火災のとき、仕事中の北斎は筆を握ったまま飛び出し、娘お為も飛び出して逃げた。後から思うと家財を運び出す余裕はあったが、その時はあわてていて気が回らなかった。

慌てていたんだろうね、正直言ってパニクッていたんならしょうがないだろう誰しもそんなことはある筈である。これから分かることはだ、『若い頃から描き貯めた資料も焼失し』という内容からこれらは現代のブログに精通する部分があるのではないだろうか?つまりだクラウド上にはじめからバックアップと言うか、公にさらして状態であればいざって時は功を奏すといった解釈でよろしいでござんしょうか?なんて思うんだがどうだろう?だが良い面ばかりではないのは事実で、何より絵描きと言うのは職人思考でもあるので、未完成のものや納得の行かない物を公に発表するなど、考えてもないと思うので、現代の状態に感謝する次第である。

実はこの東海道五十三次BGMには歌詞が付いているのだ

ももこちゃん恋歌 - YouTube